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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)78号 判決 1979年3月22日

堺市桃山台一丁三街区八の一〇二

原告

宮本正枝

大阪市西成区西四条一丁目一六番地

原告

宮本統

堺市桃山台一丁三街区八の一〇二

原告

宮本守

堺市高松二六七番地の五

原告

浮川和子

原告ら訴訟代理人弁護士

鈴木康隆

大阪市西成区千本通二丁目一七番地

被告

西成税務署長 伊東久男

指定代理人

坂本由喜子

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が昭和四六年一〇月三〇日付で原告らに対してした、原告らの被相続人宮本岩太郎からの相続に関する相続税について更正をすべき理由がない旨の決定(ただし裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  申告及び不服申立て手続の経過等

原告らは、訴外亡宮本岩太郎(昭和四四年一〇月九日死亡)の相続人であるが、原告らが右相続に基づいて被告に対してした相続税の申告、修正申告、更正の請求、被告がこれに対してした決定及びその後の不服申立手続の経過は、別紙課税経過表記載のとおりである。

原告らの相続財産の中には、訴外株式会社宮本モータース(以下訴外会社という)の株式(額面五〇〇円。以下本件株式という)七、八〇〇株が含まれており、遺産分割協議により、原告正枝、同和子が各一、一七〇株、同統、同守が各二、七三〇株を相続したのであるが、原告らは修正申告で右株式の一株当り評価額を二、九八七円として申告した。これに対して、更正の請求に対する被告の決定(ただし、裁決により一部取り消された後のもの。以下本件処分という)ではこれを二、五四九円としている。

(二)  更正の請求の理由

本件株式の評価額は、本件処分におけるそれを下回るものである。すなわち、

本件株式は、昭和四七年六月二〇日付で改正された後の相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六直審(資)一七。以下、基本通達という)に従って(ただし、一部修正のうえ)評価すべきである。ただし、訴外会社が右改正後の基本通達にいう中会社、小会社のいずれに該当するのかは、右改正前の基本通達に従って判定すべきである。以下、詳述する。

(1) 右の改正は、株式評価に関する類似業種比準方式につき、

従前は

(イ)

(ロ)

のうち少ない数額の方をとる、とされていたのを、

と改めたのである。ここで各記号の意味はつぎのとおりである(なお、各記号の単価はすべて一株当りに対するものである)。

A 類似会社の配当額

a 当該会社の配当額

B 類似会社の純資産帳簿価額

b 当該会社の純資産帳簿価額

C 類似会社の利益金額

c 当該会社の利益金額

(2) 次に純資差評価方式の計算方式については、右改正前は単純に純資産額を発行済株式数で除してきたのであるが、右改正後はこれを純資産価額より、清算所得に対する法人税等を控除し、その残額について発行済株式数で除する。というように改めたのである。これは、相続開始時における資産評価を清算時における資産評価というようにみているのである。これら二つの点に関する改正の理由は、いずれも、上場会社に比較して流通性の劣る点についての配慮が、従前の算出方法では必ずしも十分でなかったため、これをさらに十分にするためになされたものであるとされている。

(3) これを本件についてあてはめて計算してみるとつぎのとおりとなる。

被相続人は昭和四四年一〇月九日死亡している。そして訴外会社は自動車小売業に該当する。以下の各与件はすべて裁決における数額を用いて計算する。

<1> 総資産額 三、三五三万〇、九七〇円

<2> 相続税評価総資産額

四、九五五万一、五五〇円

<3> 負債金額 一、〇〇八万五、三一四円

<4> 純資産価額

三、九四六万六、二三六円(<2>-<3>)

<5> 帳簿上純資産額

二、三四四万五、六五六円(<1>-<3>)

<6> 評価額 一、六〇二万〇、五八〇円(<4>-<5>)

(ア)  類似業種比準方式による訴外会社の株価類似業種の一株当りの平均株価=六一円

A=四円七〇銭 a=〇円

B=一六九円 b=一九五円

C=一七円 c=一円

本件株式の相続開始時の一株当りの類似業種比準方式による価額は一七〇円である(右の額は券面五〇円に対するものであるので、これを一〇倍し、端数を切捨てた)。

(イ)  次に純資産評価方式によるとつぎのとおりである。

(39,466,236-16,020,580×0.53)÷12,000=2,581(円)

ここで清算所得に対する税率は五三%とされている(前記通達一八八)。

(ウ)  ここで類似業種比率方式と純資産評価方式との併用による計算方式はつぎのとおりである。

類似業種比準価額×L+純資産評価額×(一-L)

ここで訴外会社の場合はL=〇・二五とされている。

これによって本件株式一株当りの株価は

170×0.25+2,581×(1-0.25)=1977(円)

となる。(ここでLとは基本通達一七九、一八三において定められているが、その内容は不明である。)

そうしてみると、被相続人の所有株式数は七、八〇〇株であるから、その価額は一、五四二万〇、六〇〇円となるのである。

以上よりすれば、本件株式の一株当りの価額を二、九八七円とした計算がいかに誤まりであったかは、国税庁自身、その計算方法を定めた通達を改めていることからも明らかである。

(4) 右にも明らかなように、類似業種比準方法と純資産評価方式とを併用する、といっても、その比率は両者を対等に扱うのではなく、類似業種比準方式と純資産評価方式との割合は一対三の割合である。すなわち、Lの活用のされ方がそのようになっている。ここで「L」というものが前記の通達によって用いられているのであるが、その内容は全く不明であり、かつ本件の場合前記通達の分類に従えば、〇・二五となるのであるが、なぜそれが合理的であるのか全く不明である。このLの割合は、会社の規模が大きくなるに従って〇・五、〇・七五というように高くなっていっているのである。このような区分そのものには全く合理性は見出されず、その規模の多少にかかわらず、中会社の場合のすべてにおいて、両方式を併用する場合には、その割合は平等(すなわちL=〇・五)とすべきである。

このようにして本件についてこれを計算してみると 170×0.5+1977×0.5=1073(円)

となるのである。

(5) 本件においてもとくに純資産方式による算出価格を重くみなければならない合理的な根拠は全くないのであって、したがって両者の平均値をもって、本件株式の評価額とすべきである。

そうすると、被相続人の所有株式の価格は八三六万九、四〇〇円となるのである。

(6) したがって、本件原告らの相続財産のうち、右株式について、一株あたり金一、〇七三円、全体で八三六万九、四〇〇円を超える部分について、本件処分は違法というべきである。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因(一)の事実は認めるが、同(二)は争う。

三  被告の主張

原告らの更正の請求は理由がない。そのわけは次のとおりである。

(一)  原告らの更正の請求は、請求の期限後にされている。

原告らの本件相続税の法定申告期限は相続税法二七条一項により、昭和四五年四月九日であるから、国税通則法二三条一項により、更正の請求の期限は昭和四六年四月九日であるところ、原告らの更正の請求は同年七月二日にされている。

(二)  本件株式の評価額について相続により取得した取引相場のない株式の評価については、基本通達(昭和四七年六月二〇日付改正前のもの)一七八項以下一九六頃までの定めによって評価すべきである。その評価方式は次のとおりである。

(1) 取引相場のない株式の評価方式

取引相場のない株式の評価方式は、その株式の取得者が同族株主であるか非同族株主であるかの別、及び、その株式の発行会社が大会社、中会社又は小会社のいずれであるかの別に応じ、<1>類似業種比準価額方式、<2>類似業種比準価額と純資産価額との併用方式、<3>純資産価額方式、及び<4>配当還元方式の四方式がある。

(2) 本件株式の評価方式

訴外会社は、一〇〇パーセント同族の法人であり、原告らはその株主であるので、同族株主となる(基本通達一七八項(1)のイ)。

また、訴外会社は卸売業に該当しないから卸売業以外の業種に当り、大会社、中会社、小会社の区分については、訴外会社の第一二回決算報告書の貸借対照表の資産の部の合計が三、三五三万〇、九七〇円であるから、中会社に該当する(基本通達一七八頃(1)のハの次の表)。

したがって、本件株式の評価方式は、類似業種比準価額と純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)との併用方式(基本通達一七九項(2))により評価することとなる。

算式を示せば次のとおりである。

(類似業種比準価額×L)+{課税時期における1株当りの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)×(1-L)}

この場合のLの割合は、卸売業以外の業種で総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)一億円未満に該当し、〇・二五となる(基本通達一八三項(1))。 第

(3) 本件株式の評価方法

(ア) 本件株式は、右に述べたとおり類似業種比準価額と純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)との併用方式により評価することとなるが、この場合の類似業種比準価額は、次の算式で計算した金額のいずれか低い方の金額による(基本通達一八〇項)。

<イ>

<ロ>

(イ) 右の「A」、「B」、「C」および「D」の各数値は、基本通達一八〇項に規定の別に定める一定の業種(本件株式の場合にあっては訴外会社が自動車の小売と修理を兼ねている事業であるため自動車小売業に該当する)にかかる数値によるが、その数値は「類似業種比準価額計算上の業種および配当金額等の平均額」によると次のとおりである。

A=(類似業種の株価)昭和四四年一〇月分 六一円

B=(類似業種の一株当りの配当金額) 四七〇円

C=(類似業種の一株当りの年利益金額) 一七円

D=(類似業種の一株当りの純資産価額(帳簿価額)によって計算した金額) 一六九円

(ウ) 次に(3)(ア)<ロ>の「<B>」、「<C>」及び「<D>」の各数値は評価会社の本件株式の課税時期の直前期末(昭和四四年七月二〇日)現在の貸借対照表及び損益計算書を基として評価、又は計算したところによった数値によると左記の通りである。

<B> 訴外会社の一株当りの配当金額 なし

<C> 訴外会社の一株当りの年利益金額 二円

当該利益金÷株数

(251,618円÷120,000株)

<D> 訴外会社の一株当りの純資産価額 一九五円

(資産の帳簿価格-負債の帳簿価格)÷株数

(33,530,970円-10,085,314円)÷120,000株)

(エ) 本件株式を評価する場合の課税時期における一株当りの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)は、次の(4)(イ)の金額となる(基本通達一八八項(6))。

(4) 本件株式の評価額

(ア) 類似業種比準価額の計算

右(3)の(ア)の計算式に同(3)の(イ)および(ウ)による数値を代入して計算すると次のとおりに、三四四円となる。

<イ>

<ロ>

評価会社は一株当りの券面額が五〇〇円であるので券面額当りの類似業種比準価額は次により換算する。

(イ) 株式の価額の計算

右(2)の算式に右の三四四円および右(2)のLの割合〇・二五と右(3)の(ウ)によるところの一株当りの純資産価額三、二八八円(資産の額四、九五五万一、五五〇円から、負債の額一、〇〇八万五、三一四円を差し引いて、発行済株式数一万二、〇〇〇株で除して得た金額)をそれぞれ代入して計算すると、次のとおりに、株式の価額(一株当りの金額)は、二、五五二円となり、これは本件処分額を上廻ることとなる。

相続税評価額による一株当りの純資産価格=(49,551,550-10,085,314)÷12,000=3,288円 (344円×0.25)+(3,288円×(1-0.25))=2,552円

(5) 以上のとおり本件株式は、基本通達により同族株主の取得した中会社の株式に該当するので、類似業種比準価額との併用方式で評価すべきものである。

ちなみに、基本通達の昭和四七年六月二〇日付一部改正により評価会社の大会社、中会社、小会社の判定基準が改正され、改正後の基本通達によると、訴外会社は小会社に該当することとなるが、改正後の基本通達は、昭和四七年一月一日以降の相続により取得した財産の評価に通用することと定められているので、昭和四四年一〇月九日の相続にかかる本件株式については適用がない。

税務通達は、課税庁としての法解釈を示し、これによって事務を処理すべきことを下級課税庁に示達するものであって、もとより法規としての性質を有するものでないが、その通達内容が合理性を有している限り、これを適用すべきであり、特定の納税者についてそれを適用しないで別異の取扱いをすることは、租税公平負担の理念に反する。

四  被告の主張に対する原告の反論

被告の主張(一)は、本件訴訟でそれを主張すること自体許されないと解すべきである。

(一)  原告らの更正の請求が国税通則法二三条一項、相続税法二七条一項所定の期限後にされたことは認める。

(二)  しかしながら、被告のした更正をすべき理由がない旨の通知、異議決定、国税不服審判所長のした裁決のいずれにおいても、請求期限の経過の点は問題にされておらず、それどころか、異議決定、裁決においては原告らの請求が一部認容され、取消しが行われている。しかも、被告は本件訴訟においても昭和五四年一月一六日の第二八回口頭弁論期日で陳述した昭和五三年一二月一五日付準備書面に至って初めて請求期限の点を主張した。

(三)  元来、課税庁の側からする更正の期間は、法定申告期限から原則として三年間(例外的に一定の事由があるときは五年間。国税通則法七〇条一、二項)とされているのに対し、納税者の側からする更正の請求は原則として一年間(同法二三条一項)とされており、きわめて権衡を失している。

課税庁側が請求期限後にされた更正の請求に対し、訴訟側の行政手続においてその点に触れないまま実体判断を行って来たような場合は、訴訟手続においても、責問権の放棄又は訴訟上の信義則違反として、もはや請求期限経過の主張は許されないと解すべきである。

(四)  このように解したところで、法的安定性や課税処分の画一的処理の要請は何ら妨げられることはなく、むしろ実質的公平の要請に適うものである。なお、更正の請求の期間制限の規定は、期限後でも課税庁側からする更正は妨げないことからも明らかなように、不服申立や取消訴訟提起の期間制限の規定とは性質が異なっているのであり、手続の安定よりも実質的公平の要請が重視されるべきである。

第三証拠関係

一  原告ら

甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証、第四ないし第七号証の各一ないし四、第八号証、第九号証の一ないし四を提出、乙号各証の成立を認める。

二  被告

乙第一ないし第四号証を提出、甲第二号証の一の成立は不知、その余の同号各証の成立を認める。

理由

一  当事者間に争いがない事実

請求の原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  更正の請求の理由について

(一)  原告らの本件更正の請求が、国税通則法二三条一項所定の期限後にされたものであることは、当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、被告が本件訴訟で、原告らの更正の請求が期限後にされたものであると主張することは許されないと主張するので検討する。

(1)  原告らは、被告が原告らに対してした更正をすべき理由がない旨の通知、異議決定、国税不服審判所長がした裁決においては、いずれも、請求の期限については何ら触れないで、本件株式の一株当りの評価額の算定方法が争点として判断され、異議決定、裁決では原告らの請求が一部理由あるものとして認容されていると主張し、被告は、この事実を明らかに争わないから自白したものとみなす。

もっとも、これらの処分で、更正の請求の期限の点が問題にされなかった理由は、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても判然としない。

(2)  しかし、被告は、右のような経緯があったからといって、本件訴訟で原告らの当初の更正の請求が期間経過後にされたため不適法であったと主張することが制限されないと解するのが相当である。以下その理由を詳述する。

(ア) 課税庁は、課税処分取消訴訟で、課税処分の正当性を根拠づけるために、原処分ないし異議決定、審査裁決の理由にならなかった事実を主張することも妨げないのであって、この理は、納税者の減額更正請求が理由がないとする処分の取消しを求める訴訟でも同様にあてはまる。

(イ) 原告らは課税庁側からする更正の法定期間と納税者の側からする更正の請求の法定期間に差があり権衡を失していると主張しているが、そのことによって、課税庁が後者の法定期間を自由に延ばしたり、無視したりできるものでないことはいうまでもないし、課税庁がこのことを看過したからといって、原告が更正の請求の法定期間を徒過した事実がなくならないのである。

(ウ) 被告が本件訴訟で右のような主張をしたところで、それが訴訟上の信義則に抵触するとは到底いえないし、また、右主張が本件の第二八回口頭弁論期日で述べられた(このことは本件記録上明らかである)からといって、何ら新たな証拠等を要するものでないから民訴法一三九条一項によってこの主張を却下しなければならない場合に該当しない。

(エ) 被告が、本件訴訟でこの主張ができなくなると、原告らは、更正の請求の法定期間を徒しながら、それが問責できなくなる。しかし、それでは、原告らに不当な利益を与えることになる。

もともと更正の請求の法定期間の遵守ということは、形式的、一義的にきめられるべき事柄であり、又そうすべきであるから、この性質からしても、上記のことは是認されなければならない。

(三)  以上の次第で、原告からの更正の請求を棄却した本件処分は、その結論において正当である。

三  むすび

本件処分は、その余の点について判断するまでもなく、正当であり、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 井関正裕 裁判官 西尾進)

別表

44,10.9 相続開始

45.4.9 申告期限

課税経過表

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